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2006/7/18 when are back to here..所有的爱情都是悲哀的,可尽管悲哀,依然是我们知道的最美好的事。
如果你的灵魂住到了另一个身体我还会不会爱你? 如果你的眉毛变了,眼睛变了,气息变了,声音变了,爱还会不会存在? 只有一样东西能让我们平等,那就是痛苦。 すべての愛情は悲哀である、
しかし、悲哀でも、依然として僕ら知ってる最高の美しいこと。
もしも、きみの魂は他人の体に住みと僕がまだ愛してるか?
もしも、君の眉が変わった、目が変わった、においが変わった、声が変わった、愛がまだ存在してるか?
この世の中、僕らに平等といえることは:痛みしかない。
一週間前にそばにいってた、”笑えることばかりあるように”といってもらった。。
一ヶ月前にそばにいってた、”将来。。。したら飽きるほどに一緒に居られるといってもらった。。
一年間前にそばにいってた、住之江であって一緒に何かを食べてた。。。
どうやってかなしくならないのか。。
別れは永久じゃないよね。。
じゃないよね。。 2006/7/15 センス 写作业,论文.离开了电脑网络几乎是做不到的事情.虽然新家就在学校的旁边.但是在学校的电脑室里总不能光着屁股躺在床上上网.马上暑假了.虽然打夜工还是会有时间上网.家里上网了.挺高兴.虽然每个月多出5000日圆的开销.
大学开学.整整过了三个月象机器一样的生活.爬起床来上学,下了课胡乱吃点东西去打工.凌晨下班回到家一头扎床上,几个小时再爬起来上学..
三个月大脑是空白的,只有身体在动.
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.实在厌倦挤时间睡觉的生活.孤独的时候挤出点时间来思考吧.即使身体很疲倦.但还是要去思考,去思考一些有意思的东西.这样才是人.才是我.才不是机器.
我想静下来思考.我想写给自己看的文字.
一个用感觉来生活的人.我满意自己的感觉.满足自己的感觉.而且很好的使用着它.用它来指挥大脑.指挥眼睛,指挥鼻子,指挥着身体上任何一个器官.
我喜欢我看完的每一部电影,听过的音乐,穿过的衣服,扫过的视线,停留并且还会怀念的地方..我喜欢自己的感觉,并用它来思辩,用它来喜欢他人,厌恶他人.我喜欢自己拍的每一张照片,那是我的感觉的每一瞬间.我也会喜欢别人的照片.因为那也是我感觉的某一瞬间.
在感觉上每个人都是自己标榜的导演.只是有些人让我喜欢,有些人让我讨厌,或者是不屑一顾.
我爱我爱的人,但是不能保证她也爱我,因为那只是我自己的感觉,即使感觉很灵敏.但对方是人.不是电影,也不是音乐,不是鞋子袜子,而是有着和你同样的大脑,你在思考的时候她也在思考.所以有的时候会很无奈.甚至懊恼,生气..
如果有一天,我失去了自己的感觉并而不再为之兴奋的时候.
那是不可能的
那一定不是我.
インターネットきっとつながってるきのう。ちょっと落ち着いて好きな文字を書けるようになったかなあ。。
そういうより頭を使って思考したかったじゃないだろうか。
機械ような生きると呆け違うか。
スペーストップを’センスによる生き方を設定した。
何故かというのは近頃センスがなくなってると感じたから。真っ白になったみたい
今は授業とバイトで時間が秒にすれば数えるようだ。
数ヶ月での時間をさいて寝る生活本当にいやだった。体が毎日だるいし精神できにも呆けてるみたい。
そうからには時間をさいて思考をすすめたい。
僕は感覚で生活する人と思う。あるいはセンスで事物を判断、また処理する人だ
自分のセンスを得意がっている。満足している。
ちゃんとセンスで頭を指揮、耳を指揮、視線を指揮、身体すべての器官を指揮している。
見た映画が好き、聞いた音楽がすき、言った話しがすき、行ってた所がすき。。。
自分のセンスがすき、せんすによる考え、生きる、人を好き、人を嫌いさらに無視。
自分撮った写真全部すき、それはセンスの瞬間。他人の写真も好きになるのも自分センスの瞬間。
感覚的に言えば誰でも自分が標榜してる完璧な監督。ただ僕は誰かを好きに、誰かを嫌いに。
センスてきにいえば。愛してる人を愛する。でも相手が自分のこと好きになるかもしれない、ならないにもかもしれない。 何故ならば
センス感がいくら鋭くてもそれは自分だけのセンス感だから。相手は人だって。
カメラじゃない、映画でもない、靴下、食べ物ではない。
相手もきみような大脳を据え付けてて、きみように考えてる人だ。
たまに怒るとか、悔しいとか、悩むとかあるのは当たり前ことじゃないか。
お互いのセンス感があたったらそれは愛じゃないか。 もしいつか僕のセンスなくなったら。。すきにならなかったら。。興奮にならなかったら
それは可能性ないんだ。何故ならば。それは僕じゃないんだって。 |
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